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大谷獲得のエプラーGM 「MLBの至宝」まで説得した大仕事

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大谷獲得のエプラーGM 「MLBの至宝」まで説得した大仕事
2017.12.12 07:00

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【入団会見で握手する大谷とエプラーGM(時事通信フォト)】

驚きの結果の裏側には、5年に及ぶ一途な思いがあった。立教大学非常勤講師として「スポーツビジネス論~メジャー1兆円ビジネス」の教鞭をとる古内義明氏が解説する。

 * * *
 1998年に導入されたポスティング制度開始以来、最多となる球団が参加した大谷翔平の争奪戦は、アナハイム・エンゼルスに軍配が上がって幕を閉じた。2次選考に勝ち上がった「神セブン」と呼ばれる7球団の中で、エンゼルスは大穴中の大穴。大方の予想を裏切る大仕事をやったのけた立役者がビリー・エプラーGMだった。

「結婚や息子の誕生と同じくらい嬉しかった」

 大谷の代理人であるネズ・バレロから入団を伝える電話を受け取った瞬間、エプラーGMは椅子から転げ落ちたという。正直な感想であり、エプラー本人が「まさか」と一番驚いたはずだ。

 生き馬の目を抜くメジャーの世界にあって、この男、すこぶる評判はいい。言ってみれば、「ナイスガイ」だ。カリフォルニア州サンディエゴで生まれたエプラーは投手として活躍し、コネチカット大学野球部時代に肩を壊して、プレーヤーの道を諦めたが、会計学の学士を取得。野球の世界に足を踏み入れたのは2000年のコロラド・ロッキーズのスカウト部門が原点だった。

 日本人選手との深い関わりは、2005年にニューヨーク・ヤンキースのスカウトに転職してからだ。その時代、ヤンキースには松井秀喜と井川慶がいた。フロリダ州タンパにあるキャンプ施設のオフィスを拠点にしていて、何度かその姿を目にしていた。フィールドに姿を現すことは少なく、マーク・ニューマンやデーモン・オッペンハイマーという伝説のスカウトマンからイロハを学び、そして故・伊良部秀輝の獲得に尽力したジーン・アフターマンGM補佐からも影響を受けた。

 分析力に長けたエプラーはいつしかブライアン・キャッシュマンGMの右腕と形容される存在になっていく。2014年にヤンキースがポスティング制度で田中将大を獲得した際、来日を重ねていたエプラーの手腕は確固たるものになった。それ以降、他球団にGMポストの空席が出ると、イの一番に声が掛かるように将来を嘱望されていた。2015年10月4日、エプラーは晴れてエンゼルスのGMの座に就き、念願を叶えることになった。

映画「ダイハード」の舞台にもなったロサンゼルス市センチュリーシティーにあるCAA本社の会議室。大谷の前に座ったエプラーGMは、メジャーの常識を破る提案をした。エンゼルスで二刀流を実現するために、常識破りの6人ローテーションを提案し、登板の合間で指名打者(DH)での起用を明言。同席したマイク・ソーシア監督も二刀流での起用を約束してみせた。エンゼルスのDHは通算614本塁打を記録する“至宝”アルバート・プホルズがいる。過去1塁手で2度のゴールデングラブ賞を受賞しているプホルズだが、37歳のベテランになり、今季は6試合しか守っていない。そのプホルズを説得して守備につかしてまでも、大谷をDHで起用する「誠意」を形で示してみせた。

 エンゼルスは1961年創設の歴史の浅いチーム。同じロサンゼルスにあるドジャースには実績や人気でも後塵を拝しているが、ガチガチに縛られる環境よりも、大谷の成長過程を温かく目で見守ってくれる環境にある。

 世界一になったのは21世紀に入った2002年のわずか一度だけ。今季はアメリカン・リーグ西地区で80勝82敗と負け越して、世界一となったヒューストン・アストロズには21ゲームの大差をつけられた敗北。チームの特徴は打高投低でエース不在。26歳と若く、2度のMVPに輝くマイク・トラウトを軸に世代交代が至上命題なのは明らかだった。エプラーGMにとって、23歳と伸び盛りで、投打の両面で高いポテンシャルを見せつける大谷は魅力的であり、彼の希望を受け入れるだけの未来志向の考えも持ち合わせていた。

 エプラーの大谷愛は、花巻東時代からだという。その大谷は入団会見で、「エンゼルスに縁を感じた」と入団理由を話した。縁の一つには間違いなくエプラーGMの存在も入っているだろう。5年越しに大谷のハートを射止めた男の一途さには、来季の年間最優秀GMの声が早くも出始めている。
© Shogakukan Inc. 2018 NEWSポストセブン
最終更新日2018-11-08
Posted byたまごバナナ

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